――夏休みが終わる一週間前、愛美は〈双葉寮〉に帰ってきた。「お~い、愛美! お帰り!」 大荷物を引きずって二階の部屋に入ろうとすると、一足先に帰ってきていたさやかが出迎えてくれて、荷物を部屋に入れるのを手伝ってくれた。「あ、ありがと、さやかちゃん。ただいま」「どういたしまして。――で、どうだった? 農園での夏休みは。楽しかった?」 さやかはそのまま愛美の部屋に残り、愛美の土産(みやげ)話を聞きたがる。 愛美はベッドに腰かけ、座卓の前に座っているさやかに語りかけた。「うん、楽しかったよ。農作業とか色々体験させてもらったし、お料理も教えてもらったし。すごく充実した一ヶ月間だった」「へえ、よかったね」「うん! いいところだったよー。自然がいっぱいで、空気も澄んでて、夜は星がすごくキレイに見えたの。降ってくるみたいに。あと、お世話になった人たちもみんないい人ばっかりで」「星がキレイって……。アンタが育った山梨もそうなんじゃないの?」 〝田舎(いなか)〟という括(くく)りでいうなら、長野も山梨もそれほど違わないと思うのだけれど。――ちなみに、ここでいう〝田舎〟とは「〝都会〟に対しての〝田舎〟」という意味である。「そうかもだけど。ここに入るまでは、星なんてゆっくり見てる余裕なかったもん」 施設にいた頃の愛美は、同室のおチビちゃんたちのお世話に職員さんのお手伝い、学校での勉強に進路問題にと忙しく、心のゆとりなんてなかったのだ。「あ、そうだ。あのね、わたしがお世話になった農園って、純也さんとご縁があったの。昔は辺唐院家の持ちもので、子供の頃に喘息持ちだった純也さんがそこで療養してたんだって」 彼の喘息が完治したのは、あの土地の空気が澄んでいたからだろう。「でね、純也さんと電話でちょっとお話できたんだ♪」「へえ、よかったじゃん。……で? 愛美はますます彼のこと好きになっちゃったんだ?」「……………………うん」 さやかにからかわれた愛美は、長~い沈黙のあとに頷いて顔を真っ赤に染めた。思いっきり図星だったからである。(ヤバい! また顔に出ちゃってるよ、わたし! もうホントにスルースキルが欲しいよ……) 純也さんとは電話で話しただけだったけれど、あの時でさえ胸の高鳴りを抑(おさ)えられなかった。もしも本人と対面して話していたら……と思うと、何だ
「――あ、ねえねえ。このノートなに?」 荷解きを手伝い始めたさやかが、愛美のスポーツバッグから一冊のノートを取り上げた。「ああ、それ? 小説のネタ帳っていうか、メモっていうか。これから小説書くときに参考になりそうなこと、色々と書き溜(た)めてきたの」「小説? 愛美、小説書くの?」 さやかが小首を傾げる。(……あ、そういえばさやかちゃんにも珠莉ちゃんにも、まだ話してなかったっけ。わたしが小説家目指してること) 入学してそろそろ五ヶ月になるのに、自分の大事な夢をまだ友達に話していなかったのだ。「うん。実はわたし、小説家になりたくて。中学時代も文芸部に入っててね、三年生の時は部長もやってたんだよ」「へえ、そうなんだ? スゴイじゃん! 頑張って! 愛美の書く小説、あたしも読んでみたいなー」 夢とかいうとバカにされるこのご時世に、さやかはバカにすることなく、素直に応援してくれた。「うん! いつか読ませてあげるよ。わたし、頑張るね!」 純也さんに夢を応援してもらえることも嬉しかったけれど、親友のさやかというもう一人のファンができたこともまた、愛美は同じくらい嬉しかった。(よし、頑張ろう! 二人に喜んでもらいたいもん) 夏休み前まではこの学校に慣れること・流行に追いつくことで精いっぱいで、小説を書くヒマなんてなかった。 でも、半年近く経った今は少し時間的にも心にもゆとりができてきたから、書き始めるにはちょうどいい時期かもしれない。「――あ、そうだ。ご家族の写真、送ってくれてありがとね」 さやかは夏休みの間に、約束通り愛美のスマホにメッセージをくれた。キャンプ先で撮った、家族全員の写真を添付して。『これがウチの家族全員だよ('ω')』 そんなメッセージとともに送られてきた写真には、さやかと彼女の両親・大学生くらいの兄・中学生くらいの弟・幼い妹・そして祖母(そぼ)らしき七十代くらいの女性が写っていて、「さやかちゃん家(ち)ってこんなに大家族なんだ!」と愛美は驚いたものだ。「いやいや、約束してたからね。ウチ、家族多くて驚いたでしょ?」「うん。今時珍しいよね。あれで全員なの?」「そうだよ。あと、ネコが一匹いる」「へえ……、ネコちゃんかぁ。可愛いだろうなぁ」 ちなみに祖母は父方の祖母で、祖父はすでにこの世にいないらしい。「わたし、普通の家庭
「まあ……、そうだけど。さやかちゃんのとこだって兄弟多いじゃん。お兄さんいるんでしょ?」 愛美は施設を卒業する時、一番上のお姉さんだったのだ。下の年齢の子たちの面倒を見るのは、楽しかったけれど大変でもあった。 上にもう一人兄弟がいる彼女(さやか)はまだ恵まれている、と愛美は言いたかったのだけれど。「まあ、いるにはいるんだけどさあ。頼(たよ)んないんだもん。二番目のあたしの方が、一番上のお兄ちゃんよりしっかりしてるってどうよ? って感じ」「…………あー、そうなんだ……」(さやかちゃん……、わたしにグチられても……) 兄弟のグチをこぼされてもどう反応していいか分からない愛美は、苦笑いで相槌を打つしかなかった。「――あれ? さやかちゃん、そういえば珠莉ちゃんは?」 愛美は話題を変えようと、さやかのルームメイトであるお嬢さまの名前を持ち出した。 彼女がなかなか自分の部屋に戻ろうとしないのは、珠莉がいないからだろうと思ったのである。(最初は仲悪そうだったけど、この二人って意外と気が合うんだよね……) この半年近く、隣室の二人を見てきたからこその、愛美の感想だった。「ああ、珠莉? 帰国は明後日(あさって)になるらしいよ。さっき本人からメッセージ来てた。コレね」 さやかはデニムのハーフパンツのポケットからスマホを取り出し、珠莉から届いたメッセージの画面を表示させる。『さやかさん、お元気? 私は今、ローマにおりますの。日本に帰国するのは明後日になりますわ。でも二学期のスタートには間に合わせます』「……だとさ。だからあたし、明日まで部屋で一人なの! ねえ愛美、お願い! 明後日の朝まで、この部屋に泊めてくんない?」「えー……? 『泊めて』って言われても」 さやかに懇願(こんがん)された愛美はただただ困惑した。 「わたしは……、そりゃあ構わないんだけど。いいのかなぁ? 勝手にそんなことして。晴美さんに怒られない?」 もちろん、愛美自身は親友の頼みごとを聞き入れてあげたい。けれど、寮のルールでは「他の寮生の部屋に泊まってはいけない」ことになっているのだ。 真面目な愛美は、そのルールも破るわけにはいかないのである。「だよねえ……。でもさ、晴美さんの許可が下りれば……って、下りるワケないか」 寮母の晴美さんは普段は気さくな人柄で、温厚な性格から寮生
(……あ。もしかしたら、珠莉ちゃんも「さやかちゃんと同室がいい」って言うかも。そしたら三人部屋か……) ちなみに、一年生の部屋が並ぶこの階には三人部屋はないけれど、二年生から上の学年のフロアーには三人部屋が何室かあるらしい。(ま、いっか。賑やかな方が楽しいし) 愛美は来年度、三人部屋になる可能性を前向きに考えた。 彼女は元々、どちらかといえばポジティブな方なのだ。落ち込むことがあったとしても、すぐにケロリと立ち直ることができる。愛美の自慢の一つである。「――んじゃ、あたしはそろそろ部屋に戻るわ。荷解き、あとは一人で大丈夫?」 さやかは愛美の荷物をしまうのをだいぶ手伝ってくれ、ほとんど片付いた頃にそう訊ねた。「うん、ありがとね。助かったよ。―あ、そういえばさやかちゃん。夏休みの宿題、もう終わった? わたしは全部終わらせたけど」「それがねぇ……、数学の宿題が全っっ然分かんなくて。愛美、明日でいいから教えて?」「いいよ。わたしでよければ」「サーンキュ☆ じゃあ、また晩ゴハンの時に食堂でね」 愛美が頷くと、さやかは淋しそうにルームメイトがまだ戻っていない自分の部屋に帰っていった。 ――一人になった部屋で、愛美は半袖のカットソーから伸びた自分の細い腕をまじまじと眺めた。「わたし、あんまり焼けてないなあ」 幼い頃から愛美は色白で、夏に外で遊んでもあまり日焼けしなかった。それが元々の体質のせいなのか、育った環境によるものなのかは彼女自身にも分からない。 夏休みに海へ行ったという友達は真っ黒に日焼けしていて、「健康的でいいなあ」と愛美は羨んだものである。 農園へ行って毎日健康的に夏を過ごせば、自分もこんがりいい色に日焼けすると思っていたけれど――。「……まあいっか。日焼けはオンナのお肌の天敵だもんね」 あとからシミやそばかすとして残ることを思えば、焼けない方がよかったのかもしれない。「――さて、片付けが終わったらまたあの本読もうっと。それまでもうひと頑張りだな」 愛美は腰を上げ、残りの荷物の片付けに取りかかった。 * * * * ――その二日後に無事珠莉がイタリアから帰国し、九月。二学期が始まった。「――いやー、助かったぁ。愛美が宿題教えてくれたおかげで、あたしも恥かかずに済んだわ。ありがとね」 三限目終了のチャイムが鳴るなり、
「あたしはどっちでもいいけど……。愛美がそうしたいんなら、あたしもそうするよ。ねえ、珠莉も行く?」 さやかはいつの間にか近くに来ていた珠莉にも話を振った。「お二人が行くのなら、もちろん私もご一緒するわ」 珠莉という子は初対面の時はツンケンしていて、あまり好きになれないタイプだと愛美は思っていたけれど。半年近く付き合ってきて分かった気がする。 本当の彼女は、淋しがり屋なんだと。――そう思うと、彼女に対する反感とか苦手意識がなくなってきた。「うん。じゃあ三人で行こう」「しょうがないなぁ。愛美がそう言うんなら」 さやかもやっぱり、なんだかんだ言っても愛美と仲良しでいたいし、珠莉との距離も縮めようと努力しているんだろう。 ――というわけで、この日の放課後は三人で、街までショッピングに繰り出すこととなった。 三人は教室を出て、寮に向かうべく校舎二階の廊下を歩いていく。 その途中、文芸部の部室の前を通りかかると――。「……ん? 見て見て、愛美! コレ!」 さやかが一枚の張り紙の前で立ち止まり、愛美に呼びかけた。「どしたの、さやかちゃん? ――『短編小説コンテスト、作品募集中』……」 愛美の目も、その張り紙に釘付けになった。 それは、この学校の文芸部が毎年秋から冬にかけて行っている短編小説のコンテストの張り紙。よく読んでみると、「部員じゃなくても応募可」とある。 そして、原稿は手書きのみ受け付けます、とも書かれている。「ねえ愛美、ダメもとで出してみなよ。どうせ小説書くんなら、何か目標あった方が張り合いあるでしょ? チャレンジしてみて損はないと思うよ」「そうねえ。愛美さんのお書きになる小説を読んでもらえる、いいキッカケになるかもしれないわよ?」 二人の友人に勧められ、愛美は考えた。(わたしの書いた小説を、読んでもらえる機会……) 中学時代は文芸部に入っていて、部誌に作品を載せていたから、多くの人の目に自分の作品が触れる機会があった。そのおかげで〝あしながおじさん〟の目にも止まり、愛美は今この学校に通えている。 それに、施設の弟妹たちに向けてもお話を書いて読ませてあげていた。 高校に入ってから約半年、やっと巡(めぐ)ってきた機会だ。乗るかそるか、と訊かれれば――。(もちろん、乗るに決まってる!)「うん。――さやかちゃん、珠莉ちゃん。
「ねえねえ、百円ショップと本屋さんに寄らせてもらっていい?」 原稿用紙とペンなら文房具店で買うよりも百均の方が安上がりだし、本は図書館で借りるよりも買ってしまった方が返却する手間が省(はぶ)ける。「いいよ。じゃ、十二時に食堂に集合ね」「うん、分かった」 * * * *「――それにしても、スゴい荷物だねえ……。愛美、重たくないの?」 すべてのショッピングを終えて寮に帰る途中、重そうな袋をいくつも抱えた愛美に、さやかが心配そうに訊ねた。「うん……、大丈夫!」 愛美は気丈に答えたけれど、本当はものすごく重かった。 五十枚入りの原稿用紙が五袋とペンが入っている百円ショップの袋と、資料にしようと買い込んだ本が何冊も入っている書店の紙袋、それプラス洋服や靴などが入った紙袋。 重いけれど、どれも必要なものだから愛美は自分で持って帰りたいのだ。「あたし、どれか一つ持ってあげようか? ムリしなくていいから貸してみ」「…………うん、ありがと。お願い」 少し迷った末、愛美はさやかの厚意に甘えることにした。本の入った紙袋を彼女に手渡す。「愛美ってば、友達に意地張ることないじゃん。こういう時は、素直に頼ればいいんだよ」「うん……。でもわたし、『周りに甘えてちゃいけない』って思ってるの。だから、今のこの状況も実は不本意なんだよね」 愛美には身寄りがない。〝あしながおじさん〟だって元を質(ただ)せば赤の他人。いつまでも頼るわけにはいかない。――だから彼女は、「早く自立しないと」と思っているのだ。「んもう! 愛美はいいコすぎるの! まだ子供なんだから、もっとワガママ言っていいんだよ? 『ツラい』とか『淋しい』とかさあ。あたしたちにはどんどん弱音吐いちゃいなよ」 さやかが姉のように、愛美を諭(さと)す。 彼女は頼られる方が嬉しいんだろう。だから、もっと愛美に「頼ってほしい」と思っているのかもしれない。「そうですわよ、愛美さん。困っている時に誰かを頼ったり、甘えたりできるのは子供だけの特権ですわ」「それに、おじさまだって愛美に『甘えてほしい』って思ってるかもよ? わが子も同然なんだし」「……うん、そうだね」 と頷いてはみたものの。これまで培(つちか)われてきた性格というのは、なかなか直らないものである。 そして彼女の〝甘え下手な性格〟が、この先彼女
「ぇえっ!? まだ何にも決まってないよ、ホントに!」 恋愛小説なんて、今の愛美に書けるわけがない。今まで恋愛経験が全くないんだから。「あー、そっか。今が初恋だったね。でもさ、これで恋愛小説も書けるようになるんじゃないの?」「…………まあ、そのうちね。考えとく」 さやかに食い下がられ、愛美はそう答えた。 今も想像でなら、書けないこともないかもしれないけれど。とりあえず今は自分の気持ちだけでいっぱいいっぱいで、この経験を小説にしようなんて発想は浮かばないのだ。「うん……、そっか。まあ、今回はどんなの書くかわかんないけどさ、頑張ってね。書けたらコンテストに出す前に、あたしたちに一回読ませてよ」「私も読んでみたいわ。楽しみにしてますわよ」「うん、もちろん!」 小説というのは、自己満足で終わってはいけないと愛美は思っている。 自分では「いい作品が書けた」と思っていても、客観的に読んで評価してくれる人に一度は読んでもらわないと、それが本当に〝いい作品〟かどうか分からないのだ。 親友になりつつある二人が最初の読者になってくれるなら、これ以上喜ばしいことはない。「その代わり、忖度(そんたく)ナシでズバズバ批(ひ)評(ひょう)させてもらうから。覚悟しといてね」「ええ~~~~!? お手柔らかにお願いっ!」「ハハハッ! 冗談だよ、冗談っ! ――さ、帰ろっ」 愛美のブーイングをさやかが笑って受け流し、三人は改めて寮への帰路(きろ)についた。 * * * * 寮のさやかたちの部屋でお茶を飲み、自分の部屋に帰ってきた愛美は、荷物をすべてしまい終えると机に向かった。 開いたのは買ってきたばかりの原稿用紙……ではなく、ネタ帳兼メモ帳として使っているあのノート。開いたページには、夏休みに千藤農園で書き留めてきた小説のネタがビッシリだ。「よしっ! 書こう」 まずは真新しいノートに、プロットを作成する。 書こうと決めたのは、子供時代の純也さんのエピソードをもとにした短編である。都会で育った男の子が、あるキッカケで農園で暮らすことになり、そこで色々な初めての〝冒険〟をする、というストーリーだ。 愛美があの時に感じたドキドキ感を、そのままこの小説の主人公に投影しようと思ったのだ。……もっとも、愛美自身は元々都会っ子ではないのだけれど。(このプロットがひと段
****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 夏休みも終わって、寮に帰ってきました。そして今日から二学期です。 先生たちが「二学期から勉強が難しくなるよ」って言ってたので、わたしもほんのちょっとだけ不安です。本当に、ほんのちょっとだけ。 おじさまに、わたしから一つご報告があります。さやかちゃんの勧めで、わたしは毎年この学校の文芸部が行ってる短編小説コンテストに挑戦することにしました! いよいよわたし、作家への一歩を踏み出したんです! このコンテストは文芸部員じゃなくても応募できるそうで、わたしも部員じゃないけど出すことにしたんです。入選したら、賞金も二万五千円出るそうです。 題材は、千藤農園でお世話になってる時に書き溜めておきました。 豊かな自然、農園での生活風景、農作業、それから子供の頃の純也さんのこと。これを全部組み立てたら、「都会育ちの男の子が初めて暮らすことになった農園での冒険」のお話ができました。 まだプロットができたところですけど、これから頑張っていい小説にします。 書きあがったら、まずはさやかちゃんと珠莉ちゃんに読んでもらうことになってますけど、ぜひおじさまにも読んで頂きたいです。 また進み具合をお知らせしますね。ではまた。 かしこ 九月一日 愛美 』 **** ――それからあっという間に二ヶ月半が過ぎ、十一月の終わり頃。「よしっ! 書けたぁ!」 夕食後の部屋で、愛美は達成感の中、原稿を書いていたペンを置いた。 授業の合間や夜の自由時間、学校がお休みの日に少しずつ書き進めていたので、原稿用紙三十枚分の短編を書くのに二ヶ月もかかってしまった。 でも、かかった時間と引き換えに「いい作品が書けた」という満足感が得られるなら、この時間も無駄ではなかったと思える。 文芸部の短編小説コンテストの応募締め切りは十一月末なので、何とかギリギリ間に合ったようだ。『――ねえ。愛美は小説、パソコンで書かないの?』 書き始めの頃、愛美はさやかからそう訊かれたことがある。『今回のコンテストは手書き原稿のみの受け付けだったから。でも、普段はパソコンでも書くよ』 愛美はそう答えた。 部屋には〝あしながおじさん〟がプレゼントしてくれたパソコンがあ
* * * * というわけで、卒業式前の連休――というか厳密に言えば自由登校期間だけれど――の初日、二泊三日分の荷物を携えた愛美とさやかはJR長野駅の前に立っていた。「――愛美、あたしの分まで交通費全額出してもらっちゃって悪いね。でもよかったの?」「いいのいいの! わたし今、口座に大金入ってるから。ひとりじゃ使いきれないし、使い道も分かんないし」 冬休みに突然舞い込んできた二百万円というお金は、まだギリギリ高校生でしかも施設育ちの愛美にとってはとんでもない大金だった。作家として原稿料も振り込まれてくるけれど、さすがに百万円単位はケタが違う。印税でも入ってこない限り、そんな金額は目にすることがないと思っていた。「そっか、ありがとね」 多分、さやかもそんな大金はあまり見ないんじゃないだろうか。 そして、愛美に自分の分まで交通費を負担してもらったことを申し訳なく感じているだろうから、後で「立て替えてもらった分、返すよ」と言ってくるに違いない。その分を受け取るべきかどうか、愛美は迷っていた。 さやかの顔を立てるなら、素直に受け取るべきだろうけれど。愛美としては貸しにしているつもりはないので、返してもらうのも何か違う気がしているのだ。 それはきっと、もっと大きな金額を愛美に投資してくれている〝あしながおじさん〟=純也さんも同じなんだろうと愛美は思うのだけれど……。「――農園主の善三さんの車、もうすぐこっちに来るって。奥さんの多恵さんからメッセージ来てるよ」「そっか」 スマホに届いたメッセージを見せた愛美にさやかが頷いていると、二人の目の前に千藤農園の白いミニバンが停まった。助手席から多恵さんが降りてくる。「愛美ちゃん、お待たせしちゃってごめんなさいねぇ。――あら、そちらが電話で言ってたお友だちね?」「はい。牧村さやかちゃんです」「初めまして。愛美の大親友の牧村さやかです。今日から三日間、お世話になります」 さやかが礼儀正しく挨拶をすると、多恵さんはニコニコ笑いながら「こちらこそよろしく」と挨拶を返してくれた。「静かな場所で過ごしたくて、ここに来たいって言ったそうだけど、ウチもまあまあ賑やかよ。だからあまり落ち着かないかもしれないわねぇ」「いえいえ! 寮の食堂に比べたら全然静かだと思います。ね、愛美?」「うん、そうだね。多恵さん、ウ
――今年の学年末テストもバレンタインデーも終わり、卒業式が間近に迫った三月初旬。さやかが思いがけないことを愛美に言った。「卒業式前の連休、あたしも一緒に長野の千藤農園に行きたいな。愛美、執筆の息抜きに行きたいって言ってたじゃん」「えっ、わたしは別に構わないけど……。さやかちゃん、急にどうしたの?」 部屋の勉強スペースで執筆をしていた愛美は、キーボードを叩いていた手を止めて小首を傾げた。彼女が「千藤農園へ行きたい」なんて言ったことは今まで一度もなかったから。「いやぁ、愛美がいいところだって言ってたし、あたしも前から一度は行ってみたいと思ってたんだよね。純也さんのお母さん代わりだったっていう人にも会ってみたかったしさ。っていうかぶっちゃけ、最近食堂がうるさくてストレスなんだわ」「あー……、確かに。会話もままならない感じだもんね」 さやかも言ったとおり、最近〈双葉寮〉の食堂では特に夕食の時間、みんなが一斉におしゃべりをする声が大きくこだましてやかましいくらいである。隣り同士や向かい合って座っていても、話す時には手でメガホンを作って「おーい!」とやらなければ聞こえないのだ。そりゃあストレスにもなるだろう。「分かった、わたしから連絡取ってみるよ。この時期だと……、農園では夏野菜の苗を植え始めたりとかでちょっとずつ忙しくなるだろうから、一緒にお手伝いしようね。あと、純也さんと二人で行った場所とかも案内してあげる」「やった、ありがと! 野菜育てるお手伝いなら、ウチもおばあちゃんが家庭菜園やってるからあたしもよくやってたよ。じゃあ、連絡よろしくね」「うん」 愛美のスマホには、千藤農園の電話番号はもちろん多恵さんの携帯電話の番号も登録してある。愛美から連絡したら、多恵さんはびっくりしながらも喜んでくれるだろう。ましてや、今回は一人ではなく友だちも一人連れていくんだと言ったら、大喜びで歓迎してくれるだろう。「じゃあ、原稿がキリのいいところまで書けたら、さっそく多恵さんに電話してみよう」 という言葉どおり、愛美は執筆がひと段落ついたところで多恵さんの携帯に電話した。
* * * * 部活も引退したことで執筆時間を確保できるようになった愛美は、本格的に新作の執筆に取りかかることができるようになった。「――愛美、まだ書くの? あたしたち先に寝るよー」 〝十時消灯〟という寮の規則が廃止されたので、入浴後に勉強スペースの机にかじりついて一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き続けていた愛美に、さやかがあくび交じりに声をかけた。横では珠莉があくびを噛み殺している。「うん、もうちょっとだけ。電気はわたしが消しとくから、二人は先に寝てて」 本当に書きたいものを書く時、作家の筆は信じられないくらい乗るらしい。愛美もまさにそんな状態だった。「分かった。でも、明日も学校あるんだからあんまり夜ふかししないようにね。じゃあおやすみー」「夜ふかしは美容によろしくなくてよ。それじゃ、おやすみなさい」 親友らしく、気遣う口調で愛美に釘を刺してから、さやかと珠莉はそれぞれ寝室へ引っ込んでいった。「うん、おやすみ。――さて、今晩はあともうひと頑張り」 愛美は再びパソコンの画面に向き直り、タイピングを再開した。それから三十分ほど執筆を続け、キリのいいところまで書き終えたところで、タイピングの手を止めた。「……よし、今日はここまでで終わり。わたしも寝よう……」 勉強部屋の灯りを消し、寝室へスマホを持ち込んだ愛美は純也さんにメッセージを送った。 『部活も引退したので、今日からガッツリ新作の執筆始めました。 今度こそ、わたしの渾身の一作! 出版されたらぜひ純也さんにも読んでほしいです。 じゃあ、おやすみなさい』 送信するとすぐに既読がついて、返信が来た。『執筆ごくろうさま。 君の渾身の一作、俺もぜひ読んでみたいな。楽しみに待ってるよ。 でも、まだ学校の勉強もあるし、無理はしないように。 愛美ちゃん、おやすみ』「……純也さん、これって保護者としてのコメント? それとも恋人としてわたしのこと心配してくれてるの?」 愛美は思わずひとり首を傾げたけれど、どちらにしても、彼が愛美のことを気にかけてくれていることに違いはないので、「まあ、どっちでもいいや」と独りごちたのだった。 高校卒業まであと約二ヶ月。その間に、この小説の執筆はどこまで進められるだろう――?
――そして、高校生活最後の学期となる三学期が始まった。「――はい。じゃあ、今年度の短編小説コンテスト、大賞は二年生の村(むら)瀬(せ)あゆみさんの作品に決定ということで。以上で選考会を終わります。みんな、お疲れさまでした」 愛美は部長として、またこのコンテストの選考委員長として、ホワイトボードに書かれた最終候補作品のタイトルの横に赤の水性マーカーで丸印をつけてから言った。 (これでわたしも引退か……) 二年前にこのコンテストで大賞をもらい、当時の部長にスカウトされて二年生に親友してから入部したこの文芸部で、愛美はこの一年間部長を務めることになった。でも、プロの作家になれたのも、あの大賞受賞があってこそだと今なら思える。この部にはいい思い出しか残っていない。 ……と、愛美がしみじみ感慨にふけっていると――。「愛美先輩、今日まで部長、お疲れさまでした!」 労(ねぎら)いの言葉と共に、二年生の和田原絵梨奈から大きな花束が差し出された。見れば、他の三年生の部員たちもそれぞれ後輩から花束を受け取っている。 これはサプライズの引退セレモニーなんだと、愛美はそれでやっと気がついた。「わぁ、キレイなお花……。ありがとう、絵梨奈ちゃん! みんなも!」「愛美先輩とは同じ日に入部しましたけど、先輩は私にいつも親切にして下さいましたよね。だから、今度は私が愛美先輩みたいに後輩のみんなに親切にしていこうと思います。部長として」「えっ? ホントに絵梨奈ちゃん、わたしの後任で部長やってくれるの?」 いちばん親しくしていた後輩からの部長就任宣言に、愛美の声は思わず上ずった。「はい。ただ、正直私自身も務まる自信ありませんし、頼りないかもしれないので……。大学に上がってからも、時々先輩からアドバイスを頂いてもいいですか?」「もちろんだよ。わたしも部長就任を引き受けた時は『わたしに務まるのかな』ってあんまり自信なくて、後藤先輩とか、その前の北原部長に相談しながらどうにかやってきたの。だから絵梨奈ちゃんも、いつでも相談しに来てね。大歓迎だから」 「ホントですか!? ありがとうございます! でもいいのかなぁ? 愛美先輩はプロの作家先生だから、執筆のお仕事もあるでしょう?」「大丈夫だよ。むしろ、執筆にかかりっきりになる方が息が詰まりそうだから。絵梨奈ちゃんとおしゃべりして
それはともかく、わたしは園長先生から両親のお墓の場所を教えてもらって、クリスマス会の翌日、園長先生と二人でお墓参りに行ってきました。〈わかば園〉で聡美園長先生たちによくして頂いたこと、そのおかげで今横浜の全寮制の女子校に通ってること、そしてプロの作家になれたことを天国にいる両親にやっと報告できて、すごく嬉しかったです。 園長先生はさっそくわたしが寄付したお金を役立てて下さって、今年のクリスマス会のごちそうとケーキをグレードアップさせて下さいました。おかげで園の弟妹たちは大喜びしてくれました。まあ、ここのゴハンだって元々そんなにお粗末じゃなかったですけどね。 そしておじさま、今年もこの施設の子供たちのためにクリスマスプレゼントをドッサリ用意して下さってありがとう。もちろん、おじさまだけがお金を出して下さったわけじゃないでしょうけど。名前は出さなくても、わたしにはちゃんと分かってますから。 お正月には、施設のみんなで近くにある小さな神社へ初詣に行ってきました。やっぱりおみくじはなかったけど……。 もうすぐ三学期が始まるので、また寮に帰らないといけないのが名残惜しいです。やっぱり〈わかば園〉はわたしにとって実家でした。三年近く離れて戻ってきたら、ここで暮らしてた頃より居心地よく感じました。 三学期が始まったら、文芸部の短編小説コンテストの選考作業をもって文芸部部長も引退。そして卒業の日を待つのみです。わたしはその間に、〈わかば園〉を舞台にした新作の執筆に入ります。今度こそ出版まで漕ぎつけられるよう、そしておじさまやみんなにに読んでもらえるよう頑張って書きます! ここにいる間にもうプロットはでき上って、担当編集者さんにもメールでOKをもらってます。 では、残り少ない高校生活を楽しく有意義に過ごそうと思います。 かしこ一月六日 愛美』****
****『拝啓、あしながおじさん。 新年あけましておめでとうございます。おじさまはこの年末年始、どんなふうに過ごしてましたか? わたしは今年の冬休み、予定どおり山梨の〈わかば園〉で過ごしてます。新作の取材もしつつ、弟妹たちと一緒に遊んだり、勉強を見てあげたり。 施設にはリョウちゃん(今は藤(ふじ)井(い)涼介くん)も帰ってきてます。新しいお家に引き取られてからも、夏休みと冬休みには帰ってきてるんだそうです。向こうのご両親が「いいよ」って言ってくれてるらしくて。ホント、いい人たちに引き取ってもらえたなぁって思います。おじさま、ありがとう! お願いしててよかった! リョウちゃんは今、静岡のサッカーの強豪高校に通ってて、三年前よりサッカーの腕前もかなり上達してました。体つきも逞しくなってるけど、あの無邪気な笑顔は全然変わってなかった。「やっぱりリョウちゃんだ!」ってわたしも懐かしくなりました。 そして、わたしが今回いちばん知りたかったこと――両親がどうして死んでしまったのかも、聡美園長先生から話を聞かせてもらえました。 わたしの両親は十六年前の十二月、航空機の墜落事故で犠牲になってたんです。で、両親は事故が起きる二日前に、小学校時代の恩師だった聡美園長にまだ幼かったわたしを預けたらしいんです。親戚の法事に、どうしてもわたしを連れていけないから、って。でも、それが最後になっちゃったそうで……。 幸いにも両親の遺体は状態がよかったから、園長先生が身元
「わたしが作家になれたのも、その人のおかげなんだよ。だから、わたしも感謝してるの」「そっか。うん、めちゃめちゃいい人だよな。で、姉ちゃん。さっき言ってた『新作のための取材』ってどういうこと?」「あのね、新作はここを舞台にして書くつもりなの。ここにいた頃のわたしを主人公のモデルにして。……この施設がわたしの、作家としての原点だと思ってるから」 もし両親が生きていて、この施設で暮らすことがなかったとしたら、愛美は果たして「作家になりたい」という夢を抱いていただろうか……? そう思うと、やっぱり愛美の作家としての原点はここなのだと愛美は思うのだった。「オレも久しぶりに愛美姉ちゃんと過ごせて嬉しいよ。静岡に行って、高校に上がってから夏休みにもここに帰ってきてたけど、姉ちゃんがいないと淋しかったからさ。また一緒にサッカーの練習、付き合ってよ」「いいよ。でもリョウちゃん、サッカー上手くなってるからついて行けるかな……」 三年近く会っていない間に、彼のサッカーはグンと上達している。サッカーの強豪校に進学させてもらったからでもあると思うけれど、今の涼介に愛美はついて行けるかちょっと不安だ。「大丈夫だよ、一緒にボールを追いかけられるだけでオレは楽しいから」「そっか」 いちばん年齢の近かった涼介と再会できただけで、愛美はここを離れていた三年間という時間がまた巻き戻ったような気持ちになった。 * * * * その夜、〈わかば園〉では施設を卒業した愛美と涼介も参加してのクリスマス会が行われた。 今年のクリスマス会は、早速愛美が寄付したお金も使われたのか例年に増してケーキもごちそうも豪華になっていて、子供たちも大喜びだった。 そして、例年どおり〝あしながおじさん〟=田中太郎氏=純也さんを含む理事会から子供たちへのクリスマスプレゼントもどっさり用意されていて、「そうそう、これがここのクリスマスだったなぁ」と懐かしくなった。
* * * * 愛美は宿舎へ向かう前に、庭の方を通りかかった。サッカー少年の涼介が、今日もここでサッカーの練習をしているような気が下から。 今もこの施設に暮らす男の子たちに混ざって、高校生くらいの少年が一人、サッカーボールを追いかけながら走っている。愛美は彼の顔に、自分がよく知っている少年の面影を見た。「――あっ、やっぱりいた! お~い、リョウちゃーん!」 手を振りながら呼びかけると、驚きながらも手を振り返してくれた少年――小谷涼介は、身長が少し伸びて筋肉もついているけれど、顔は三年前とほとんど変わっていない。「愛美姉ちゃん! 久しぶり……っていうかなんでここに? ――あ、ちょっとごめん! お前ら、今日の練習はここまで。もうすぐ晩メシだから、ちゃんと手洗えよ!」 子供たちのコーチをしていたらしい涼介は、泥まみれになっている彼らに練習の終了を告げた。三年近くここに帰ってこない間に、彼もすっかり〝お兄さん〟になっていた。「リョウちゃん、元気そうだね。わたしもね、今年の冬休みの間はここで過ごすことにしたんだよ。新作のための取材も兼ねてるんだけど」「そっか。そういや愛美姉ちゃん、作家になったんだよな。おめでと。オレも本買ったよ。義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、『この本は施設にいた頃のお姉ちゃんが書いたんだ』ってオレが言ったら二人とも買ってくれてさ。ウチにはあの本が三冊もあるんだぜ」「そうなんだ? リョウちゃん、すっかり新しいお家に馴染んでるみたいだね。よかった」 自分が〝あしながおじさん〟=純也さんにお願いして見つけてもらった涼介の養父母。彼がその家に馴染んでいるか、愛美はずっと心配だったけれど、彼の口ぶりからしてすっかり気に入っているようでホッとした。「うん。二人とも、オレにすごくよくしてくれてるよ。園長先生から聞いたんだけど、愛美姉ちゃんが理事の人に頼み込んで見つけてくれたんだよな? 姉ちゃん、ありがとな」「ううん、わたしはただお願いしただけで、実際に動いてくれたのはその理事の人だよ。わたしの時にも手を差し伸べてくれたから、リョウちゃんのことも何とかしてくれるかな……と思ってダメもとでお願いしたら、ちゃんとしてくれて。ホント、いい人でしょ?」 彼はお金を出してくれて終わりではなく、常に相手にとって最善の方法を見つけてくれる。 愛
愛美の答えを聞いた園長は、困ったような笑みを浮かべた。「……実はね、愛美ちゃん。辺唐院さんも今月の第一水曜日にここへいらした時、私におっしゃってたのよ。『どうやら彼女は、僕の正体に気づいているみたいです』って。あなたは頭のいい子だから、いずれはこうなると思ってらっしゃったみたいで。もしかしたら、あなたに本当のことを打ち明けるタイミングを計りかねている感じだったわ」「そう……なんですか? だとしたら、彼はいつごろわたしに打ち明けてくれるつもりなんだろう……?」 彼がタイミングを計っていることは間違いないだろうけれど。打ち明けると愛美と気まずくなるのを恐れて、なかなか打ち明けられないというのもあるのかもしれない。「――とにかく、今日から二週間はあなたも実家に帰ってきたつもりで、ここでお過ごしなさい。ちゃんと取材には応じてあげるから。あとは子供たちの相手をしてくれたり、事務作業を手伝ってくれると助かるけれど。それはあくまであなたの意思に任せるわね」「はい」「あなたはまた六号室で寝泊まりしてもらおうかしらね。みんな、愛美お姉ちゃんと一緒に寝るのを楽しみにしてるから」「分かりました。六号室かぁ……、懐かしいなぁ」 愛美はここを巣立っていくまでずっと、六号室で五人の幼い弟妹たちと過ごしていたのだ。あれから三年近く経って、あの子たちも大きくなったことだろう。幼稚園の年長組だった子も、小学三年生になっているはずだ。「あ、あとね、涼介君も今、施設に帰ってきてるのよ。引き取られた先のご両親が、夏休みと冬休みにはここに帰ってきてもいいっておっしゃったらしくて」「えっ、リョウちゃんも? 嬉しいな」「ええ。今夜はクリスマス会をやるから、愛美ちゃんも参加してね。涼介君も参加したいって言ってたから。お正月にはみんなでまた近くの神社へ初詣に行きましょうね」「はい!」 まるで自分の祖母のような園長とのやり取りで、愛美はあっという間に三年前に引き戻されたような懐かしい気持ちになった。このアットホームな雰囲気が、この園での生活が楽しいと感じたいちばんの理由だった。「――そういえば、その服の感じも懐かしいわね。愛美ちゃん、ここにいた頃もよくブルーのギンガムチェックの服を着てた憶えがあるわ」 園長はふと、愛美が着ているブルーのギンガムチェックのシャツを眺めて目を細める。ボト